「プライバシーの権利の成立過程」に関する若干の考察

新保 史生

T はじめに

 人格的利益を内容とする、包括的権利に包摂される人格権の一つとして、プライバシ−の権利を認識する点は、学説上通説的な見解となっているが、一方においては、その通説は明らかに矛盾していると指摘する説も存在する。(1)また、プライバシ−の権利の概念や、その範囲、保護法益といったものに対し、明確な結論を下すまでにも至っておらず、プライバシ−の権利の統一的原理を見いだすことがなぜ困難であるのか。その要因としてどのような事柄が考えられるであろうか。
 プライバシ−の権利というものが一つの法的権利として認識されるようになったのは十九世紀末から現在に至るまでの百年ほどにすぎず、新しい人権であるということ。プライバシ−の権利の近似概念である名誉権などと比較しても、その歴史は非常に浅いなど、プライバシ−の権利が権利として承認されるようになったのはごく最近のことであるということ。さらには、砂漠や極地など人間の寄り付かないような所を除き、人間が生活を送っていくためには互いに他人との接触というものが不可欠であるため、人間の生活領域全般にわたって、プライバシ−の保護や侵害といった問題が常に介在しているということ。なにをもってプライバシ−とするかは、その人個人の主観に基づいているといっても過言ではないということ。つまり、個人の価値観、感受性、その人の社会における地位、その人の属する文化的背景、などによって人々の考え方は異なり、常に変化しているため、同じ問題でもそれをプライバシ−であるとするかどうか、一概に定義することができないということなど、その多様性がプライバシ−の権利の定義づけを困難にしている所以ではないだろうか。
 近年の情報化社会の進展にともない、プライバシ−の権利はさらにより積極的な権利として変化し続けているが、本稿ではプライバシ−の権利が個人の私生活や私的な事柄を公開されないという消極的権利として登場してきたその初期の揺籃期から、不法行為法上の権利としてプライバシ−の権利が成立するまでの過程を考察していきたい。


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