英米不法行為法の一般原則においては、単なる精神的苦痛に対する賠償を認めていなかったため、ロバ−ソン事件において裁判所は単なる精神的苦痛を救済することを拒否した。
しかし、ペイブジック事件を契機として、裁判所はプライバシ−の権利を一般的に承認するに至り、アメリカの多くの州はこの説をとり、プライバシ−の権利の保護を認めるようになった。それ以来、数多くのプライバシ−訴訟が提起されるようになった。そのため、アメリカにおいては、プライバシ−の権利に関する判例はその件数も非常に多く、また、内容も多種多用である。しかし、プライバシ−に関する様々な議論の中においても、明確な結論といった者はなく、そのため統一的な理論を導きだすことは非常に困難な状況にある。
そのような中で、1960年、カリフォルニア・ロ−・レヴュ−(California
Law Review Vol.48 No.3)で発表された論文「プライバシ−」において、プライバシ−の権利に関する判例を整理しようと試みたのが、ウィリアム・L・プロッサ−教授(William
L.Prosser)である。
しかし、プロッサ−教授は、本論文においてプライバシ−の権利の統一的な理論を導きだすことはできず、また、次に述べているように、プライバシ−の権利の明確な定義づけを試みようとはしていない。あくまで、不法行為法上のプライバシ−の侵害行為の態様と、プライバシ−の保護利益についての分類を行なっている。
プロッサ−教授は、多くのプライバシ−訴訟から、「諸判決から明らかになったことは、単純ではない。それは、一つの不法行為ではなく四つの不法行為の複合体である。プライバシ−に関する法は、四つの異なった原告の利益への四種類の別個の侵害から構成されており、互いに共通の名称でくくられているが、それら各々は、ク−リ−判事の言う“ひとりで居させてもらう”という言葉に含まれる、原告の権利に対する干渉を表わしていることを除き、ほとんど共通なところが何もないのである。的確な定義を使用と試みなければ、これら四つの不法行為は次のように説明できるであろう。(17)」と述べ、プライバシ−の侵害行為の態様を次の四つに分類したのである。
(1)原告が一人で他人から隔絶されて送っている私的な生活状態への侵入。
(2)原告が知られたくない私的な事実の公開。
(3)原告について一般の人に誤った印象を与えるような事実の公表。
(4)原告の氏名又は肖像を、被告の利益のために盗用すること。 "
人間が社会生活を送っていく上で、その全領域にわたって、常に精神的苦痛というものは介在しているため、精神的苦痛に対して救済を与えるとなると、膨大な数の訴訟が提起される恐れがあることは、ロバ−ソン事件の判旨においても指摘されていたことではあるが、プライバシ−の権利の揺籃期においては、まさにそのとおりの状況であった。
そのような状況の下、混沌としていた判例を体形化したのがプロッサ−教授であり、その後のプライバシ−の権利に関する研究に与えた意義は、非常に大きかったことは言うまでもないであろう。
プロッサ−の四類型に関しては、すでに多くの研究が成されているが、プライバシ−に関する論文において、多くの研究者が示唆を受けた論文であると指摘をしているのも、また事実である。さらに、プライバシ−に関する論文においては、プロッサ−の四類型について触れていない文献はないと言っても過言ではないほどである。
伊藤正己『プライバシ−の権利』をはじめとして、数々の文献において詳細な研究が行なわれているが、プライバシ−の権利について論ずるにあたり、その重要性からもう一度プロッサ−の四類型の内容について、本稿で紹介していきたいと思う。
次節からは、プライバシ−の侵害行為の態様、権利侵害の成立要件、そして、保護利益の性質について、具体的にプロッサ−の四類型ではどのような分類を行ない、どのような場合に不法行為が成立するとしているのか。その内容について明らかにしていきたい。(18)
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