(2)第一類型 −私生活への侵入(INTRUSION)−(19) 

 まず始めに、第一の類型の「私生活への侵入」についてである。この類型における侵害行為について、ウォ−レン・ブランダイスはその論文の中では触れていない。
 一人でいるところ、又は他人から離れて生活を送っている状態への侵入行為が、第一類型におけるプライバシ−の侵害行為であるが、その侵害行為の態様は、物理的な侵入行為と、物理的な侵入行為を伴わない侵入行為に分けられる。
 物理的な侵入行為にあたる例として挙げられているのは、(20)ウォ−レン・ブランダイスの論文が出版される9年前のミシガンにおいて若い男性が女性の出産へ立ち入ったことに対して、裁判所がその行為は詐欺にあたり彼女の同意は無効であるとし、その行為が不法侵害(Trespass)、又は不法接触(battery)に該当するであろうとされ、根拠を明示せずに損害賠償を認めた事件は(21)、現在の基準から考えるとプライバシ−訴訟であったとプロッサ−教授は述べている。その他の物理的侵入行為にあたる事例としては、住居、ホテルの部屋、船室などへの侵入といった事例から、買い物袋の違法な検査などにわたる事例が挙げられている。以上のような侵害行為は、土地又は動産への不法侵害という点において、少なくともかなりの範囲で重複している。
 しかし、プライバシ−の侵害行為の態様は、物理的な侵入行為にとどまらず、電話の盗聴や、マイクロフォンなどを用いて私的な会話を盗み聞きするといった行為から、家のなかを覗き見る、債権者が債務者に対して執拗に督促の電話を掛けるなどの事例に見られるように、物理的侵入行為を伴わないプライバシ−の侵害行為へと、その範囲は広がりをみせているのである。さらに、銀行口座を権限なしに詮索したことにも不法行為が成立するとしたことにより、同様の原則が、帳簿や記録書類などの提示を要求している令状や、違法の強制的な血液検査を無効にするために用いられたのである。
 近年においては、電気機器の性能の向上や小型計量化が日々すすんでおり、さらにはコンピュ−タ技術の飛躍的な向上とその普及により、物理的侵入行為を伴わない侵害行為がこの類型に属するプライバシ−の侵害の主な態様となることは、間違いないと思われる。しかし、侵害行為特定以前の問題として、プライバシ−侵害を認知しえない侵入行為の増加の可能性という問題が、今後生じてくるはずである。
 次に、プライバシ−の権利侵害が成立するための要件である。成立要件として挙げられているのは次の2点である。
@ 通常人の感受性を基準にしてみたとき、受忍限度を越えた侵害行為が存在すること。

A 侵害の対象が、私的な物や生活状態などの私的な利益であること。
 @の要件は、覗き又は侵入といった性質を伴う侵害行為が加えられ、尚且つ、普通の人にとっては、耐え難い干渉であることであり、集会を妨げる単なる騒音や、人前での下品な態度や無礼な行為、悪態をつくといった行為などでは、不法行為が成立するのには十分ではないのである。 つまり、日曜の朝に地主が地代を請求するために立ち寄るといった行為には、不法行為が存在しないということなのである。
 Aの要件は、プライバシ−の権利は私的な生活を保護する権利であり、警察官の権限の範囲内で行われる写真撮影や、指紋の採取、身体測定、また、法人の監査などに関しても、プライバシ−の保護の対象とはならないのである。
 同様に、私的な生活の場ではないため、公道上や公共の場所では他人から干渉を受けずに一人でいる権利はないとの指摘がなされている。その人の、あとを付きまとうといった行為だけでは、プライバシ−を侵害していることにはならないとする事例もある。
 また、誰もが見ることができるような場所で写真を撮られても、プライバシ−の侵害にはならないとされている。
 しかし、伊藤正己教授は、公開された生活に対する侵害は私的な利益への侵害ではなく、プライバシ−の侵害の要件を満たさないという理論構成が、適切かどうか疑問であり、他人の目にさらされる場所にいるからといって、それが私的な生活でないと直ちに断定しうるかどうか必ずしも明かではないと指摘し、さらに、公的な事柄であれば、権利侵害は成立しないという論理が発展するときは、いわゆる有名人については、ある程度その私生活に踏み込まれるのを甘受しなければならないという問題に連なってくると指摘する。(22)
 一方、自宅や病院の病室内など、他人からほぼ隔絶された状態は私的な生活状態であり、そのような状態にいる人に対して、無断で写真を撮ることはプライバシ−の侵害となることは明らかである。
 最後に、第一類型における保護利益の性質であるが、それは主として精神的利益であり、それは、不法侵害、生活妨害(nuisance)、故意に精神的苦痛を加える行為や、憲法上の権利に対する侵害がある場合における、いかなる救済法によっても救済できなかった利益の保護に有用なものであるとされている。


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