第二類型のプライバシ−の侵害態様は「私事の公開」である。ウォ−レン・ブランダイスの論文は主としてこの第二類型の不法行為と関連するものであり、それは公開されると当惑するような私的な事実の公表という侵害行為の態様からなる。
この類型におけるプライバシ−訴訟で、指導的判例となった判決として挙げられるのは、1931年カリフォルニア州で争われた事件、メルヴィン対レイド事件(以下メルヴィン事件)である。
原告のガブリエル・ダ−リ−はかつては売春婦で、世間を騒がせた殺人事件の被告人として裁判を受けたこともある人物である。彼女は無罪となった後、人生の汚点を捨て去り、もとの生活状態に戻り1919年バ−ナ−ド・メルヴィン氏と結婚した。社会的にも清廉潔白な生活を送り、友人達や彼女と関わりのある人達にも以前の経歴は気づかれていなかった。1925年、被控訴人らは、「赤い着物」(The
Red Kimono)と題した映画を制作し上映した。この映画は実話に基づき、結婚前の姓名であるガブリエル・ダ−リ−の氏名を使用したため、世間一般の人々や友人達に彼女の過去を暴露することとなり、彼女の新しい生活は破滅させられてしまったのである。
裁判所は、被控訴人の行為は、彼女のプライバシ−の権利に対する侵害であるという判決を下したのである。判決では「控訴人が更生した後に、控訴人の過去の生活における不快なできごとを、被控訴人らが公表したことは、われわれの憲法〔カリフォルニア州憲法第1条第1節〕により保障されている、幸福を追求し、獲得する、不可譲の権利を直接侵害したものである、と信じる。われわれがこれをプライバシ−の権利と呼ぼうと、これに他の名称を与えようと、そのことは重要ではない。それは、われわれの憲法により保障されている、他人により、残酷にしかも不必要に侵害されるべきではない、権利だからである。われわれは、控訴人の訴状は、被控訴人らに対する訴訟原因を構成するのに十分な事実を述べている、という
意見である。」(24)(注記筆者)とし、裁判所はプライバシ−の権利の存在を承認し、憲法上の幸福追求の権利を根拠としてプライバシ−の権利を認めたのである。同様に、わが国の判例においても憲法第13条をプライバシ−の権利の根拠規定としているが、プロッサ−教授も述べているように、また、多くの人が指摘している点ではあるが、「何人も“幸福を追求し獲得する”権利は奪われない」といった憲法上の規定が、プライバシ−の権利の保障に際して非常に曖昧な表現であることは否めないであろう。
本判決の後、アメリカではプライバシ−の権利に対する侵害を救済する数々の判決があらわれるようになるのである。
次に、この類型に属するプライヴァシ−の権利侵害が成立するための要件である。成立要件として挙げられているのは次の3点である。
@ 公表(publicity)の要件。
A 非公知性の要件。
B 通常人の感受性を基準にしてみたとき、受忍限度を越えた侵害行為が存在すること。
@の要件は、私的な事実の公表は公に行われるものであり、一個人など限られた範囲におけるものではないということである。
例えば、被告が債務を支払わない事実を新聞に載せたり、公道に面した窓にそのような掲示をしたり、又は公道上でそのような事実を大声で叫んだりするのはプライバシ−の権利の侵害であるとされる。雇用主、一個人、小規模の団体などへの伝達ということ自体は、契約不履行、信託義務違反、守秘義務違反といった行為がなければ、権利侵害にはならないとされている。
ウォ−レン・ブランダイスは、公表は文書又は印刷物によって行われるものであると考えていた。口頭による公表は訴訟の理由にはならないとする判決もある。しかし、ラジオ放送が発達してからは
、これはまったく時代遅れの考えとなり、現在においては文書による公表が必要要件ではないことに疑いの余地はない。
Aの要件は、公開された事実は私的なものではなくてはならず、公然の事実は対象にはならないということである。住居の外観、職業など一般に知れ渡っている又は誰でも知ることのできる情報が公開された場合にはプライバシ−の侵害にはならないのである。
しかし、Aの要件には、2つの問題点がある。
1点目は、ある人物が公道又はその他の公共の場に居るということは、その人物の存在は公のものとなっており、そこで誰かがその人物の写真を撮り、公表した場合にはどうなるのかという問題である。この問題は、公開された生活に対する侵害は私的な利益への侵害ではなく、プライバシ−の侵害の要件を満たさないという理論構成に対して、第1類型において触れた伊藤正己教授の疑問点と、同一の事例であると考えられるが、この問題に対して判例において以下のような解答が示されている。
諸々の判決は、公共の場所において人目に触れているものが、写真撮影や手書きの描写といった手段により記録され流布しても差しつかえないとしている。なぜなら、既にそれは公の存在となっており、誰の目にも触れられる事柄を公表したということにすぎないのと同然であるとされているのである。
そのような中でも顕著な判例は、カリフォルニア州で起きた事件である、ギル対ハ−スト出版社事件 ”
である。判決では、〔多くの人が訪れる場所である〕市場で、妻と抱擁しているところを撮影された原告の写真が出版されたことは、プライバシ−の侵害ではないとされた。
一方、私的な場において隠し撮りされた写真や、撮影を拒否している人を撮影したもの、又はその写真が盗まれたもの、その他の不正手段を用いて入手したものが公開された場合は、その時点においてそれらは未だに私的なものであり、プライバシ−の侵害であることは明らかである。
2点目の問題は、公にされた事柄が、既に公の記録となっている場合に関する問題である。
例えば、公開された記録が所得税申告書などのように公にされたいるものではなく、一般の人が閲覧できないような記録に関して、プライバシ−の侵害が成立することは疑う余地はない。しかし、生年月日や婚姻記録、弁護士視覚の取得事実、医師の開業申請などといった事実が公表されても、プライバシ−の侵害とはならないとされているのである。しかし、プライバシ−の侵害が成立するかどうか、困難な事例もある。
例えば、年月を経過した記録や、犯罪経歴などの記録で年月を経て忘れさられていたが、その後掘り起こされ、公表された場合にはプライバシ−の侵害になるのかということである。
公的記録の存在という点が、重要な要件であるとされているが、一般的基準はメルヴィン事件判決の中に見いだせる。判決では「公の記録である、殺人容疑の裁判の記録のなかに現われた、これらのできごとは、すべての人が読むように公開されている。それらのできごとが、公の記録のなかにあった、という事実こそは、それらを公表することは、プライバシ−の権利の侵害であるとの認識を否定するのに十分である」(25)とされており、公的記録が存在していれば、プライバシ−の侵害は成立しないというのが一般的基準とされているのである。しかし、不必要な侵害行為によるものに対しては、権利侵害が成立するということについては、メルヴィン事件が第2類型の指導的判例であることを紹介した裁判所に述べたとおりである。
Bの要件については、プライバシ−の法体系は、普通の人が公表されても気にもとめないような事柄が公表されるということに対して、異常に過敏で萎縮してしまうような人の保護は意図していないということである。私達は、ある一定の範囲において、一般の人々の視線や詮索にさらされながら生活を送っており、完全なプライバシ−といったものは、砂漠などの場所を除いてこの世界には存在しないことは明らかであり、日常の生活において隣人や通り掛かりの人が自分自身や自分の公道を何げなく観察しているといったことなどは、当然意識しているはずであり、そのような行為に対して反応を示すような人はいないはずである。それは、性的関係を詳細に公表することや、個人的な特徴や品行を表わしている非常に私的な写真などを公表する事例とは、まったくことなる事例であることは明らかである。
この事例に関して、顕著な判例は、サイディス事件(Sidis v. F=R Publishing
Corporation, 113 F.2d. 806(1940))である。
原告のウィリアム・ジェイムズ・サイディスは、11歳で高名な数学者に第4次元について講義をし、16歳でハ−バ−ド大学を卒業した神童である。思春期になると、彼はすっかり数学や彼に関する報道に対して嫌気がさし、簿記係として目立たない生活を送り、市街電車の乗り換え切符の収集に没頭し、オカマカメセット・インンディアンの伝説を研究するなどして過ごしていた。雑誌『ニュ−ヨ−カ−』は彼を探しだし、彼の経歴については非同情的ではない記事を発表し、現在彼がどこで何をやっているかという事柄を暴露したのである。サイディスは、この記事により非常にショックを受け、早死にの一因となったことは明らかであったが、判決では、記事の内容は、通常人の感受性を基準にしてみたとき、受忍限度を越えるものではないという理由み基づき、訴訟原因とはならないとしたのである。
過去の暴露という点で、メルヴィン事件とサイディス事件は類似しているが、後者においてはプライバシ−の侵害とはされなかった。このことは、社会習慣や、社会の一般的な見方からして、受忍しえない事実の公表のみに不法行為が成立するという、社会的習慣の基準(mores
test)にいくらか近い基準が明らかになることが指摘されている。
最後に、第二類型の不法行為は、第一類型の私生活への侵入とは明らかに異なる態様のものであり、本類型における保護利益の性質は名誉であるとされている。
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