日本国憲法は、明文でプライバシ−の権利を規定していないが、合衆国憲法においても同様に憲法上のプライバシ−の権利は、明文で規定されてはいない。
また、各国憲法においては、例えば「何人も、その私的及び家庭生活に関し合理的なプライバシ−を有する権利をもつ」(パプア・ニュ−ギニア憲法49条)のように、プライバシ−の権利の明文規定を有する憲法もあるが、憲法上プライバシ−の権利を認めている国は、それほど多くない。(3)
合衆国憲法に、プライバシ−の権利の明文規定が見当たらないからといって、そのことが、修正第1条から修正第8条までの権利章典の諸規定により、明文で規定されている基本的権利と同様の憲法上の保障が、与えられないことを意味するわけではないと考えられよう。それは、修正第9条が「この憲法に一定の権利を列挙したことは、人民によって保持されている他の権利を否認し又は軽視するものと解釈されてはならない。」と定めていることからも明らかである。
また、ダグラス判事(William O.Douglas)が、憲法上のプライバシ−の権利とは、合衆国憲法制定以前から存在した権利であり、この種の権利の確保を目的として憲法が制定され、憲法創設者たちがその存在を認め、確保することを誓約した人民の有する道徳的・背景的権利である、(4)と述べていることからも、プライバシ−の権利のように憲法上明文で規定されていなくても、憲法上保障された基本的権利が存在することは明らかである。
では、それら基本的権利にはどのようなものがあると考えられているのであろうか。
ロトゥンダ(Ronald D.Rotunda)、ノウエク(John E.Nowak)の両教授は、「裁判所が、憲法上の基本的な権利であると認めてきた権利で、厳格な司法審査に付されるに値する権利のリストは、それらの権利がそのように基本的な権利であるがゆえに、それほど長いものとはならない。これらの権利を説明又は分類する方法は他にもあるが、それらを6つの実体的なカテゴリ−に分類することが、もっとも良く理解しうる方法であると考えられる」(5)とし、基本的諸権利を次の6つに分類し、列挙している。なお、脚注において主な判例も紹介するものとする。
(1)結社の自由は、修正第1条に明文で規定されてはいないが、同 条の保障に含まれる基本的な価値であると考えられてきた。(6)
(2)選挙権及び被選挙権は、いくつかの修正条項の中において示さ れているものであり、デュ−・プロセス条項の「自由」の一形態 として認識されている。(7)
(3)裁判所は、州際間旅行の権利を基本的な権利として認めてきた。 この旅行の権利は、憲法上の諸規定から引き出された権利である 個人の移動の権利として認識されたことから始まり、その歴史は 長い。(8)
(4)裁判所は、基本的な権利として刑事手続において公平である権 利を、暗黙のうちに認めてきた。しかし、その「基本的」性質に ついては、特定の判決において問題となったことはない。
(5)連邦最高裁は、政府による個人の生命、自由及び財産の剥奪に 対する、個人の訴訟上の請求に関する訴訟手続において公平であ る権利が、存在することを認めてきた。同様にこの権利も、特定 の判決に反映されてはいないが、むしろ、「手続的デュ−・プロ セス」の諸権利に関する諸々の判決において、デュ−・プロセス 条項の基本的な性質として、暗黙のうちに認められてきた。
(6)基本的な権利としてのプライバシ−の権利が存在する。それは、 個人の私生活に関する事柄における、様々な形態の選択の自由を 含むものである。このプライバシ−の権利は、結婚(9)、出産(10)、子供の養育(11)における選択の自由を含むものであると考えられてきた。(12)
以上の6つの基本的権利が挙げられているが、それらいずれについても、その権利性については未だ曖昧な部分が多い。つまり、これらの中にプライバシ−の権利が含まれていることからも、該権利に関する議論が、いまだもって混沌とした状況にあることが理解できよう。
では、アメリカにおいて、憲法上のプライバシ−の権利とはどのように論じられてきたのであろうか。
例えば、ジョ−ジア州最高裁判所がプライバシ−の権利をはじめて承認した1905年のペイブジック事件は(13)、不法行為法上の権利としてプライバシ−の権利を承認した事件とはいえ、州憲法上の幸福追求権をその根拠としている。しかし、1965年のグリズウォルド事件判決(14)に至るまで、数々の判決においてプライバシ−の権利について言及してはいるものの、憲法上の一つの法的権利として承認されなかった。
憲法上のプライバシ−の権利として扱われるべく問題は、非常に多岐にわたる。そこで、まず始めに「実体的デュ−・プロセス(Substantive
due process)理論」による、プライバシ−の権利の保障について考えていきたい。
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