第2章 財産権の保障手段としての「実体的デュ−・プロセス理論」

   1. 「実体的デュ−・プロセス理論」とは

 「この権利〔プライバシ−の権利〕は『妊娠を終わらせるかどうかを決定する、女性の権利を十分に含むものである』」(15)と述べて、中絶の権利がプライバシ−の権利に含まれる権利であると判示したロ−対ウェイド事件において、その根拠をブラックマン判事(Harry A.Blackmun)は法廷意見において次のように示した。
 「プライバシ−の権利は、憲法上明白に規定されてはいないが、修正第14条のデュ−・プロセス条項(Due Process Clause)により保障されている。」(16)
 合衆国憲法修正第5条は、「何人も法の適正な手続によらないで生命、自由及び財産を奪われない」と規定し、修正第14条は、「いかなる州も、法の適正な手続によることなくしては、何人の生命、自由及び財産も、これを奪うことはできない」と規定している。 当初、デュ−・プロセス条項は、正規の訴訟手続の保障を意味していた。では、なぜ中絶の権利までもが、デュ−・プロセス条項によって保障されると考えられるに至ったのであろうか。
 本章では、デュ−・プロセス条項が、手続的適正を要求する手続上のデュ−・プロセス(Procedural due process)の保障にとどまらず、経済的・財産的な、いわゆる実体的な利益を保護する際にも用いられるようになった「実体的デュ−・プロセス(Substantive due process)理論」による、プライバシ−の権利の保障について考えていきたい。

   2. 同理論の生成

 法の適正な手続(Due process of law)という用語は、イギリスのマグナ・カルタ第39条の中の“per legem terrae”に由来することは、周知のとおりである。(17)そして、デュ−・プロセスは合衆国憲法修正第5条に受け継がれ、南北戦争後の1868年には修正第14条にも挿入されたのである。
 デュ−・プロセス条項が、法の適正な手続を保障する際に、手続的適正を要求する手続的デュ−・プロセスの理論は、19世紀末までに確立した。しかし、デュ−・プロセス条項は手続的適正の要求にとどまらず、経済的・財産的な権利を保障する際にも用いられるようになったのである。それが、いわゆる「実体的デュ−・プロセス理論」である。
 「実体的デュ−・プロセス理論」は、「修正14条のデュ−・プロセス条項を根拠として明文で保障されていない一定の『基本的』権利の存在を認め、それを制約する立法は厳格な司法審査に付される旨説く理論」(18)とか、「デュ−・プロセス条項が『生命、自由及び財産』を不合理な制約から実体的に保護していると理解する理論」(19)などと定義される。そして、その機能としては、次の2点が挙げられよう。
 一つ目は、憲法上明文で規定されていない権利を保障するための機能である。
 例えば、憲法上明記されていない権利のひとつとしてプライバシ−の権利も含まれるが、ダグラス判事はプライバシ−の権利について「『・・・われわれとわれらの子孫の上に“自由の恵み”(the Blessing of Liberty)のつづくことを確保する目的をもって、アメリカ合衆国のために、この憲法を制定する』という憲法前文の『自由の恵み』という表現で、憲法創設者たちがその存在を認め、確保することを誓約した人民の有する道徳的・背景的権利である。」(20)と述べている。つまり、プライバシ−の権利は憲法制定以前から存在している権利であると考えることにより、憲法上明記されていない権利について、「基本的」権利が存在していることを認め、デュ−・プロセス条項により保障していこうとする考え方である。
 二つ目は、経済的・財産的権利といった実体的利益を保障する際に、それらを保障するために用いられる権利章典の諸規定を、州にも適用する際にも「実体的デュ−・プロセス理論」を用いることである。
 マ−シャル(John Marshall)が連邦最高裁の首席判事の時代の1833年、バロン事件(21)において連邦最高裁は、修正第1条から修正第10条までの権利章典が適用されるのは、連邦のみであり、州に対しては権利章典における保障は適用されないことを示した。
 そして、奴隷がその所有者と共に奴隷制度を認めない州へ行き、再び奴隷制度を認める州に戻った際に、奴隷所有を禁止する州へ行ったことにより解放されたと主張して争われたが、黒人の身分の保障には権利章典が及ばないとしたドレッド・スコット判決(22)が、修正第14条が合衆国憲法に加えられるに至って否定された。このことにより、権利章典による諸規定が州にも適用されることとなり、後に、同様の原則を用いて、実体的利益を保障するために権利章典の諸規定を州に対しても適用するため、「実体的デュ−・プロセス理論」が用いられることとなったのである。
 修正第14条の成立後の屠殺場事件(23)の反対意見において、「実体的デュ−・プロセス理論」の概念が登場したが、本件ではデュ−・プロセス条項違反の主張は斥けられた。
 その後、マン事件(24)においては、屠殺場事件の反対意見において示された見解へより接近し、そして、ついにオ−ルガイア事件(25)において、「実体的デュ−・プロセス理論」が連邦最高裁の法廷意見において表明されたのである。
 修正第14条は「いかなる州も、法の適正な手続によることなくしては、何人の生命、自由及び財産も、これを奪うことはできない」と規定しているが、本件においてはこのデュ−・プロセス条項の「自由」を根拠として、「契約の自由」を保障したのである。その後、この原則を適用して、多くの社会経済立法が違憲とされることになるのである。

   3. 同理論の確立

 ロックナ−対ニュ−ヨ−ク州事件(26)においては、パン屋を対象として週60時間、1日10時間を越える労働を禁止した1897年制定のニュ−ヨ−ク州の労働法が、違憲であるとされた。連邦最高裁は、修正第14条によって保障される「契約の自由」を根拠として、ニュ−ヨ−ク州法を違憲としたのである。本件は、「実体的デュ−・プロセス理論」を援用した典型的な事件とされ、その後の社会経済立法を連邦最高裁が違憲とする際に、本件における原則が適用され、その後の判例に多大なる影響を与えた。
 その後、立法の根拠にある社会的事実に注目する重要性を強調して書かれた上告趣意書として有名な、ブランダイス・ブリ−フ(Brandeis brief)(27)を、後の合衆国判事であるブランダイスが、弁護士時代に執筆した事件として有名なミュラ−事件(28)においては、婦人の労働時間を1日10時間に制限するオレゴン州の法律を連邦最高裁は合憲とした。本件はロックナ−事件と同様に、最高労働時間を制限する州法の合憲性が争われた事案ではあるが、本件においてオレゴン州法における婦人の最高労働時間制限は、婦人の母体保護のために必要な規制であることから合憲とされ、よってロックナ−事件において示された「契約の自由」の概念に基づく、「実体的デュ−・プロセス理論」を変更したものではないと考えられている。
 そのため、アドキンス事件(29)においては、婦人に対する最低賃金を定めたコロンビア特別区の最低賃金法は違憲であると判示された。
 このように、連邦最高裁が社会経済立法を、「実体的デュ−・プロセス理論」を用いて違憲としていく、いわゆるロックナ−時代は、連邦最高裁が「超立法府(super-legislature)」(30)としてその地位があるかのような時代であり、「アメリカ憲法史にとってその理論は悪夢(nightmare)であった」(31)とまで批判されることとなるのである。
 

   4. 同理論の終結

 ロックナ−時代には、連邦最高裁は数々の社会経済立法を違憲とし、超立法府のごとき役割を担ってきた。しかし、1929年から始まった恐慌を乗りきるために、1933年からフランクリン・ル−ズベルト大統領によってニュ−・ディ−ル政策が実施されるようになると、「実体的デュ−・プロセス理論」によって社会経済立法を違憲としてきた連邦最高裁と、立法府と行政府が対立するようになった。
 なぜなら、連邦最高裁はニュ−・ディ−ル政策の中核をなす政策ともいえる、全国産業復興法(National Industrial Recovery Act of 1933 略称NIRA)を違憲とし、さらには、農業調整法(Agricultural Adjustment Act 略称AAA)をも、課税権の範囲を逸脱するものであるとして違憲としたのである。
 そのため、1937年には、1869年以来9人に定着していた連邦最高裁判事の人数を、ル−ズベルト大統領が自らの考えを連邦最高裁に反映させるために、増員しようとする事態にまで至ったのである。
 これは、ル−ズベルト大統領による裁判所の「抱き込み計画」として一般に知られているところである。
 結局この「抱き込み計画」は失敗に終わったが、「実体的デュ−・プロセス理論」によって社会経済立法を違憲とする連邦最高裁の役割は、変更を余儀なくされることとなる。
 このような傾向は、1934年のネビア事件(32)において既に現わ
れていた。本件は、牛乳小売り価格の、最低価格と最高価格を規制するニュ−ヨ−ク州法の合憲性が争われた事案であるが、連邦最高裁は本法律をデュ−・プロセス条項違反とはせずに、合憲であるとしたのである。しかし、連邦最高裁は「実体的デュ−・プロセス理論」を明確に廃棄したわけではなかった。なぜなら、1936年のモアヘッド事件(33)においては、「契約の自由」の概念に基づいて、婦人労働者の最低賃金を規定する州法を合憲としている。
 けれども、ル−ズベルト大統領による「抱き込み計画」が失敗した翌年、ウエスト・コ−スト・ホテル会社事件(34)において、「実体的デュ−・プロセス理論」の終結は明白なものとなった。本件では、婦人労働者の最低賃金を規定しているワシントン州法の合憲性が争われ、連邦最高裁は本法を合憲と判示したのである。本判決のあと、社会経済立法をデュ−・プロセス違反で違憲とした判例はない。

   5. 同理論復活の前兆

 ウエスト・コ−スト・ホテル会社事件(35)において、社会経済立法をデュ−・プロセス違反とする「実体的デュ−・プロセス理論」は明示的に否定されたが、この理論は完全に破棄されたわけではなかった。裁判所は、再びこの理論を用いることとなるのである。
 その新たな局面において裁判所は、それまで社会経済立法を違憲とするために用いられてきた「実体的デュ−・プロセス理論」を、今度はある種の非常に個人的な権利を保障するために再構成させたのである。具体的には、「夫婦間、性的な事柄そして生殖に関する事柄における、ある種の選択の自由」(36)を保障するために用いられたのである。
 しかし、わが国においては、プライバシ−の権利を「自己情報コントロ−ル権」と捉える佐藤幸治教授をはじめとして、避妊用具用具の使用(37)、中絶の権利(38)等の個人的権利で、アメリカにおいてはまさにプライバシ−訴訟の中心ともなっている問題を、プライバシ−の権利に含まれるものではなく、「人格的自律権」に含まれるものであると解するのが妥当であるとする見解が有力である。(39)
 また、アメリカにおいても「生殖、避妊、中絶、結婚に関して、法を非常に特殊な方法で適用することによりそれを定義してきた」(40)といわれているように、これらの権利を保障するに際して、どのような根拠にもとづいて保障すべきか、はっきりとした根拠がなかったと思われる。そこで用いられたのが「実体的デュ−・プロセス理論」を用いて、それらをプライバシ−の権利に含まれる権利と解する方法なのである。
 「実体的デュ−・プロセス理論」は1937年に破棄されたが、この理論を用いた新たな局面があらわれ始めた。それは、道徳的重罪を犯した常習犯に対する強制的断種を定めた法律が、平等保護条項に違反するかどうかが争われた、スキナ−事件(41)において明らかとなる。
 本件において問題となった制定法は、オクラホマ州の常習犯断種法(Habitual Criminal Sterilization)である。
 本法は、「常習犯(habitual criminal)」の定義を、オクラホマ州の裁判所又はその他の州の裁判所において、2回以上道徳的に卑劣な重罪を犯して有罪とされ、オクラホマ州刑法第173条により懲役又は禁錮に処せられた者としている。そのような常習犯を強制的に断種することができる旨を、オクラホマ州法は規定していた。(42)
 判決において、生殖と結婚は、人類存続のための基本的なものであり、人を断種する権能の行使は破壊的な効果をもたらすとした。そして、犯罪の種類と程度によって断種が行われるかどうか異なるのは、平等保護条項に違反するとし判示したのである。
 生殖という個人的権利を保障するためにデュ−・プロセス条項を用いたスキナ−事件は、個人的権利であるプライバシ−の権利を保障するために、「実体的デュ−・プロセス理論」を適用しようとする新たな局面を、予兆していた事件と考えられるであろう。
 さらに、グリズウォルド事件 において、「実体的デュ−・プロセス理論」の復活はより顕著なものとなった。
 すでに触れたように、法廷意見は修正第1・3・4・5・9条によって形成されるプライバシ−の領域によって創りだされる半影(penumbras)に、プライバシ−の権利が含まれるとした。
 しかし、ハ−ラン判事(John M.Harlan)の同意意見においては、修正第14条デュ−・プロセス条項の「自由」をその根拠としていたのである。それは、まさに「実体的デュ−・プロセス理論」を用いて、プライバシ−の権利を保障しようとしたものであるといえよう。(43)


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